Q)私は「冷たい」人間ではないでしょうか?
Kさんは、感性も高く、思いやりも深く、人に対して人一倍神経を使っておられるような方と思っています。その彼女が、カウンセリングの帰り際に受付の所で発した一言でした。帰り際だったので、私もいい足りず、なんとなく気になり、後日、彼女には簡単なメールをしておきました。
そして・・・このことをきっかけに、今回は考えてみることにしました。
一つのことをきっかけにあれこれ考えるとそこから思わぬ気づきがおきてくることも多々あり楽しいものなので、よかったら、ここからお付き合いください。
☆ 「冷たい」って表現からは何を連想するでしょうか?
やはり人からどう思われているかという評価になるのだと思います。
表面では、とても明るく優しく見えるけれど、接してみたら違ってた。人の立場も思いやりもない人だった。!ということもあれば、
逆にすごく冷たそうにみえるけれど接していくうちに、とても相手の立場を真剣に考え真のある人だった!などという場合もあります。
俳優の木村拓也さんがどこかで「人間ウオチング好きです」とおっしゃていたことを思い出しました。私はドラマで人間ウオチングさしてもらっています。人間心理分析風に・・・。

人間て複雑な高等動物。
中でも人間が他の動物よりすぐれているところは、感情があるということだろうとおもいます。他の動物ももちろん感情があるとみられれますが・・・人間ほど複雑ではないでしょう。
「心が傷つく」のは人間に心が存在するからです。けっして「頭が傷つく」とはいいません。この場合は「頭が傷ついた」となり、どこか、けがしたことをさしています。
「心」があるのが人間の証。
そのために苦しみも悩みもしますが・・・。心のないような人間が「本当に冷たい」人間ということになるでしょう。
では、ロボットは?。
今のところ「心」はない。手塚治さんの「アトム」はそうではないが・・(笑)・・。
ロボットは指令によって動きますが、人間は本来誰かの指令によって動かされたりはしません。そこには、心(ここでは主に感情を指しています)意志力・判断力がともなってきます。そして「やる」という行為行動とともに、感情がともなっていますから、行為にともなう代償を考えはじめます。要はご褒美のことです。現実問題でいえば「給料」や「認められる」こととなりますが・・・それ意外に自分自身がどう思うか・感じるかによって心の反応は異なってきます。
自分が「やれた!」という達成感。これは最大のご褒美でしょうね。
そういう時には脳内ホルモンが多量に出されます。だから、「ワクワク」したり「笑顔満面」になったりもします。そういう人の顔をみると輝いてみえます。皮膚がつやつやしています。これは、行為にともなう感情があってでてくるものです。
もし、結果がおもわしくなければ・・・脳内ホロモンももちろん少ないし、副腎ホルモンのバランスも狂い始めます。これが1週間2週間と続けば眠れなくもなり、やがて「うつ」にもなり始めてくることもあります。生体リズム(ウルトレデアンリズム)が狂ってくるようです。
心(感情)と体は生きている限り、絶対に切り離して考えることはできないものなのです。
だから、この感情をコントロールすることが大事になります。しかし、潜在意識、そこが軽くならないうちに「感情のコントロール」を無理にしようとしても継続は難しいようですし、そこから、違った問題を派生する場合もあります。
こんなことをあれこれと思いめぐらしたあとに「本題」です
☆ 都知事の石原さんがNOと言えない日本人という本をお書きになったと思いますが、まさしく私も含め日本人には多いようです。(どうしてか?と思う方は、石原さんの本を参考にしていただくことにして・・・)
Kさんは「NO」が言えないために悶々としてしまう、そんな自分を自責の念をこめて「冷たい」と表現したように思われましたので、その観点から潜在的な部分にも意識をおいてプロセスを進めてみました。(参考の一例です)
Kさんが「YES」{NO」「?」の意志表示をしなかったために、相手は、Kさんは「YES」「NO」「?」のどれなのだろうと考え戸惑い始めます。そして、相手も不安になっていきます。しかし、「どっちよ?」と聞くわけにもいかず(ここも日本人的思考かな?)、相手は相手で勝手にそんなとき想像し始めてしまいだします。それは、相手の思いこみの場合が多いのですが(その人にはその人の思考環境がありますので・・・。ここの強い方は、それがその方の勝手な「信念」になってしまう場合もあるようです。)
やはり、ここが人間は感情の動物らしいところなんでしょうね。(有り難うの瞑想は、感情のコントロールというよりも、マイナス感情の浄化に役立つ方法です。)
相手の心の中でそういうプロセスがおきていることをKさんは知らないので、そのままその方が、波風たてずにいいだろうと判断してしまったように思いました。お互いがこのプロセスに「ズレ」が生じだしているのですが・・・互いに気づかない。
こういう関係になってしまっていると気づけば、何らかのメッセージを送ることもできるし、こうしたことのできる人が、「思いやり深い」とかあの人には「話せる」とか「信望」へとつなっがていくのだろうと思います。これが、人間力・英知力なのでしょう。
しかし、大抵はズレに気づかず、この何らかの「ワナ」にはまっていくようです。
ですから、冷たいですか?に対する応えはNOなんです。ズレですものね。
Kさんもまた、自分が心で思っていたこととは違う「思いがけない言葉に驚き・・・・、
・・このプロセスに気づかないために、更に「言わない」でおこうという悪循環におちいってしまったように見受けられました。
これが、重なると、時には両者ともに裏切られたと勘違いを起こして悲しい結末になってしまう場合もあるようなのです。
彼女は独身ですが、夫婦のズレもここが始まりの可能性があるかもしれない?そんなことも考えてみました。
☆ 同じ「NO」でも日本語にはたくさんの柔らかな相手を思う言葉もありますし、言葉で自分の心を表現してこそ、コミニケーションが始まります。相手のことを思いやる気持ちで表現したものは必ず通じていきます。
言ってみたら「なーんだ」となり「ほっと」し、「早く言えばよかった」という体験もあるはずです・・・。
表現をすることによって理解が始まり、相手の受け答えをよく聞くことによってどうしたらよいかがわかってきます。表現によって信頼が増すとも多々あります。表現力を増すことって大事ですね。
前回「シャッフル」が苦手な日本人ということを書きましたが・・・ここにも通じてきますね。
身近な人・・・親や子供・夫婦からコミニケーションをよくとる。楽しいコミニケーション・よく聞くコミニケーション・聞いたら考え、会話のキャッチボールする・・・そんなことを小さいときから躾としてもやってきたのが西洋人なのでしょうか。すべて、西洋がよく、日本が問題とは、思っていませんが・・・家族間のコミニケーション不足が、こうしたズレの根底にあるように思うのですが、いかがなものでしょう?
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